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 やっぱり、何度考えてみても王ヘイヘーイが後期蜀軍のエースだよなぁ。や、別に魏延や姜維が嫌いというわけではなくてですね。むしろ魏延は好きな方なんですけど、純粋に功績だとか史料から読み取れるモノだけで評価するなら王平に軍配が上がるのではないかと。もちろん、王平が無当監、要するに蜀の最精鋭部隊を率いてたってのもあるんですけど。

 個人的に「苦境の際に如何に行動したか、またそれを克服できたか」は将を評価する際の絶好の材料だと思っているんですが、王平の場合、街亭の件といい、爽やかソウソウ(曹爽)侵攻の件とかそういう材料も揃っている上に、その地位も家柄とかでなく完全に実力によって叩き上げられた感じなんですよね。四書五経を嗜む事が一般教養とされていた当時において読み書きができない、ってだけでどれだけ寒門の出だったかってのは容易に想像つくし。あとは、その苦境含め2度もあの張郃相手に、というのも高評価。そういう史書で明らかになっている部分の事績のみで判断すれば、王平って蜀の将軍全部見渡しても相当なものなのに、取り上げられるって事がろくにないのが悲しいです。三国志平話ではいきなり南蛮遠征の時に斬られるし。

 まあ、ここ2~3年三国志関連から離れ気味だったせいもあって細かい部分がうろ覚え気味なのもあるんですが、王平に限らず北伐関連に関しては一度しっかりまとめてみたいなー、と思っていたので、色々とリアルが落ち着いたらテキストを書き起こしてみたい所。作戦行動だけでなく、地政学的要素、経済的要素などの部分でも面白いテーマではあるんですよね、北伐は。実際、中国史上で益州を根拠地として大成した勢力ってそれこそ劉邦ぐらいなもんで、それも益州のみを根拠地として扱っていいのか怪しい状況だし。一番近い状況といえば益州と関中を支配していた宇文氏の北周王朝ですが、彼らが残りの北部を支配していた北斉王朝を倒し、隋の前身となった事を考えると、長安さえ落とせていれば面白くなっていたんじゃないか、とか思ったりします。


※追記
 この王平もそうなんだけど、改めて自分は、功績充分、苦境等においてもやる事しっかりやってる実力派なのに、何故か不当に過小評価される人は基本的に好きなんだなーと思った。人間の真の実力が分かるのは苦境の時こそ、というのが自分の考えです。もちろん、これは戦に限らず。

 王平とかは降将である上に文字も読めない寒門の出、と蜀の生え抜き軍人とも士大夫とも人間関係が大変だったんだろうなぁ、と考えると、そんな状況で職業軍人としてあそこまで出世したのは密かにかなり凄い事なんじゃないかと。
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